2014年9月2日火曜日

『Let It Go』吹き替え論争【4】

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さて、前回の歌詞を見比べてもらったところで、そろそろ本題に入る。
いまさら重箱の隅をつつくような翻訳違いの考察をしても仕方がないので、自分が強く気になった点だけを幾つか抜粋することにする。


エルサはまだ悲劇を乗り越えていないのに

――紛らわしいので『ありのままで』は曲のタイトルとして、《ありのままで》は言葉的なフレーズ/意味として使用する。


以下の歌詞を見て欲しい。

『Let It Go』 英語歌詞

Don’t let them in,
don’t let them see
Be the good girl
you always have to be
Conceal, don’t feel,
don’t let them know
Well, now they know
『Let It Go』 字幕歌詞

秘密を悟られないで

いつも素直な娘で

感情を抑えて
隠さなければ
でも知られてしまった
『ありのままで』歌詞

とまどい 傷つき

誰にも 打ち明けずに

悩んでた それももう

やめよう

この部分の英語歌詞には、まくし立てるように7回もの命令形が並ぶ。

誰も中に入れてはいけません!
誰にも見られてはいけません!
いつでもいい子でいなさい!
隠しなさい!
感情を抑えなさい!
誰にも知られてはいけません!

といったところだろうか。
また、このフレーズは戴冠式当日の曲『For The First Time In Forever』にも一部繰り返し出てくる。

該当歌詞は2:20~



このフレーズは何なのだろうか。
それぞれ該当部分の映像を見ると、その答えが見えてくる。



父の遺影の前で自分に言い聞かせる言葉。
指を立てて叱りつけるような形相で繰り返す言葉。

実はこれらの言葉は、エルサの両親、すなわち先代の国王/妃が繰り返しエルサに言い聞かせていた躾のフレーズなのではないだろうか。
両親の死んだ後、エルサがこの日まで一人で問題を背負い込んでいた。
何度も聞いた両親の言葉を大切にし、誰にも相談できずに戦っていたのである。
――両親も不意の事故で死ななければ、力を隠せといいつつも良き理解者としてエルサを育てたのかもしれない。いずれは力を制御できるよう教育し、戴冠式と同時に国民に公表するつもりだったのかもしれない。しかし、両親の死は早すぎたのだ。エルサは幼心にこのフレーズを遺言として受け取り、反芻する毎日を過ごしていたのだろう。それが呪いのようにエルサを縛っていたのだ。

そして、この悲劇的な背景を理解すると、『ありのままで』の該当部分の訳の意味が見えてくる。

とまどい 傷つき 
誰にも 打ち明けずに
悩んでた それももう
やめよう

違和感を感じるのは、エルサが自分から国を捨てる決意をしたかのように聞こえてしまうことだ。以前の記事で強調したように、私はこのシーンをエルサが一人で生きることを余儀なくされたシーンだと感じた。

違和感は、この歌詞の後のサビに繋がる。

『Let It Go』 英語歌詞

Let it go,let it go
Can’t hold it back anymore
Let it go,let it go
Turn away and
slam the door

I don’t care
What they’re going to say
Let the storm rage on,
The cold never
bothered me anyway
『Let It Go』 字幕歌詞

これでいいの かまわない
もう何も隠せない
これでいいの かまわない
過去に扉を閉ざすのよ


もう気にしない
何を言われようとも
嵐よ吹き荒れるがいい
寒さなど平気よ

『ありのままで』歌詞

ありのままの
姿見せるのよ
ありのままの
自分になるの


何も怖くない

風よ吹け
少しも寒くないわ


違和感の根本こそがサビのフレーズ《let it go》である。
そもそも《Let it go》は《ありのままで》という意味ではないのである。
ここはそれぞれタイトルにもなっており、何度も繰り返されるフレーズなので重要である。

《Let it go》は《放っておく》や《諦める》等が一番意味として近い。
強いて表現し直すなら《仕方ないのでありのままにしておく》といったところだろうか。
決して、『ありのままで』で歌われているようポジティブな意味ではないのだ。
――《ありのままの自分になろう》という意味合いならば、かつてビートルズが歌っていたように《let it be》が正しい。

誤訳ともとれるこのフレーズを軸にして、歌全体に雰囲気の違いが広がってしまっている。


『Let It Go』は悲劇のヒロインである雪の女王が、何もかもが元には戻らない現状に陥ったことに対し《これ良いの》と自分に言い聞かせ強がっているシーン。

『ありのままで』は悲劇のヒロインである雪の女王が、力を隠しながら生きてきた人生を乗り越えて《ありのままの自分を好きになる》と高らかに宣言するシーン。


《何も怖くない》《少しも寒くないわ》などと言っておきながら、アナが連れ戻しに来たシーンでは心底怯えている描写があり、強がってはいてもエルサの心の整理はついていなかったことが伺える。
やはり『ありのままで』はこのシーンそぐわない前向きさを秘めているのだ。


さて、ここまで『ありのままで』に対して否定的な意見で考察してきたが、ではこの歌詞は何を伝えようとしているのか。
次回では、この曲の映画内での役割から、これがただの誤訳ではないという考察をしてみる。


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